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日頃何気なく耳にしたりする言葉でも、いまいち意味が分からない言葉があります。人に聞きたいけれどちょっと恥ずかしいかなっと思ったことも過去にあったでしょう。
「烏孫公主(うそんこうしゅ)」という四文字熟語もその漢字に聞き慣れない言葉が入っているので、意味を知らない方も多いのではないでしょうか?

【読み】うそんこうしゅ

【意味】政略結婚の犠牲、またそれによって悲運に泣く女のこと。前漢武帝のとき、烏孫王昆莫に嫁いだ公主。江都王劉建の娘。名は細君。前105年武帝によって烏孫王昆莫に嫁がせられ、昆莫の死後は王位を継いだ孫の岑陬の妻となった。なお細君が死ぬと、楚王劉茂の娘解憂が岑陬のもとへ送られた。匈奴牽制のための政略結婚の犠牲となった女性として有名。「吾が家我を嫁がす天の一方,遠く異國に託す烏孫王…」(烏孫公主劉細君悲愁歌冒頭)。

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烏孫公主

『江都公主』より : 江都公主(こうとこうしゅ、生没年不詳)は、前漢の江都王劉建(江都王劉非の子、武帝の甥)の娘。
名は細君。
烏孫公主(うそんこうしゅ)とも呼ばれる。
江都公主の父の劉建は、淫乱で残虐、しかも武帝に対して謀反を起こしたという罪で自害させられた。
その後、元封年間に娘の江都公主は漢と烏孫との友好の印として、はるか遠くの烏孫の地に嫁ぎ、烏孫王猟驕靡の夫人になった。
その後、猟驕靡が老いたため、遊牧民族である烏孫の習慣(レビラト婚)に従い、その孫の岑陬軍須靡に嫁ぐよう命令された。
この習慣には未亡人を保護する目的があったと思われるが、夫の孫の妻に、しかも夫が存命のうちからその孫の妻になるということは、彼女ら漢の人間の通念からすれば受け入れがたいことであり、このことを江都公主は武帝に訴えた。
武帝は当時、烏孫と同盟して匈奴を攻めていたため、烏孫の習慣に従うようにと彼女に伝えた。
その後、江都公主は岑陬軍須靡の妻になった。
江都公主はそのまま烏孫の地で病死した。
彼女の作とされる望郷の漢詩が有名である。

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